一時期のブームは落ち着きましたが、ミニチュアダックスフンドは依然として人気犬種の上位に挙げられますね。
私自身も外見・性格ともに大好きな犬種です。
そんなダックスフンドの病気といえば、「椎間板ヘルニア」が一番有名なのではないでしょうか?
※他には免疫介在性疾患や進行性網膜萎縮(PRA)などもダックスの病気として認知されてきました
今回は、そんなダックスフンドのHansenⅠ型と呼ばれる椎間板ヘルニアについて少し紹介します。
ときおり「ダックスは胴長短足だから腰に負担がかかって椎間板ヘルニアになりやすい」という表現を目にしますが、実はこれは正確ではありません。
ダックスフンドは、「軟骨異栄養犬種(Chondrodystrophic breeds)」と呼ばれる犬種に属しており、このことが椎間板ヘルニアの主原因なんです。
●コラム● 軟骨異栄養犬種について
ヒトでは軟骨異栄養症という難病があり、四肢が短い小人症の原因です。
ダックスフンドは地下での狩猟のための犬種のため、
四肢の成長が早期に止まり短足になるように交配されてきました。
つまり、人為的に作り出された軟骨異栄養症の犬種なのです。
現代においては、その四肢の短さこそがダックスフンド特有の愛らしさとして人気を集めました。
しかし軟骨異栄養犬種は四肢が短いだけなら良かったのですが、『椎間板の変性が早期に始まる』という特性も持っていたのです。
軟骨異栄養犬種は、3~7歳という若齢(!)から椎間板の変性が始まります。
※具体的には椎間板からプロテオグリカンという物質が減ることで水分含量が低下します
下に、ダックスフンドなど軟骨異栄養犬種に多いHansenⅠ型と、軟骨異栄養犬種「以外」に多いHansenⅡ型との違いを模式図にして書いてみました。院長の力作です(汗)
左のHansenⅠ型は髄核(黄色の部分)が周囲の線維輪を突き破って脊髄を圧迫しています。
対して右のHansenⅡ型は線維輪が加齢性に肥厚して脊髄を圧迫するという違いがあります。
それでは、実際に私が診察させていただいたダックスフンドを紹介させていただきます。
◆症例◆ モモちゃん(ミニチュア・ダックスフンド 8歳)
モモちゃんは、飼い主さんが料理をする台所で走っていたところ、急に「キャンキャン」と鳴き叫んだそうです。
驚いた飼主さんが振り向くと、それまで元気だったモモちゃんの両後肢が麻痺していたとのこと。
このような急性発症が、今回紹介したHansenⅠ型の特徴です。
(ちなみにHansenⅡ型は慢性進行性の経過をとります。)
こうしてモモちゃんは後肢の完全麻痺によって、ガクンと腰を落とした状態で来院しました。
●コラム● 椎間板ヘルニアのレントゲン
余談ですが、椎間板ヘルニアの確定診断/圧迫部位特定は無麻酔レントゲンではできません。
※椎間板腔の狭小化などの所見から、ある程度は推測できる場合もあります
それでもレントゲンを撮影する必要性があるのは、脊椎の腫瘍(原発性/転移性)・椎間板脊椎炎などの疾患を除外するためなのです。
手術せずに治したいのは、飼い主さんも私たちも一緒です。
ですから、当院では痛みだけ(グレード1)や歩行可能な麻痺(グレード2)のほとんどのケースで内科治療を適応します。
また歩行不可能なケースにおいても、その半数が内科治療で改善がみとめられることが近年わかっています。
しかしながら、モモちゃんのように深部痛覚※を消失した場合は内科療法ではいけないと研究が示しています。
(http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1748-5827.1983.tb00360.x/abstract)
※深部痛覚…皮膚より内側で感じる痛みであり、椎間板ヘルニアの診断において非常に重要な項目です
モモちゃんは深部痛覚が消失していたため手術適応の可能性を考え、より診断精度の高いCT検査を実施しました。
下の図がモモちゃんのCT画像です。
正常部位(左の図):脊髄が造影剤により円形に描出されています。
圧迫部位(右の図):髄核の脱出により脊髄が圧迫されて「ひしゃげて」いることが分かります。
CT検査の結果に基づき、モモちゃんは片側椎弓切除術(Hemilaminectomy)という手術を実施しました。
片側椎弓切除術は胸腰部椎間板ヘルニアに対する最も一般的な術式です。
その後の飼主さんの熱心なリハビリテーションもあり、現在モモちゃんは軽度の麻痺があるものの歩行可能なレベルに改善しています。
※犬のリハビリテーションについても近年目覚ましい発展を遂げていますが、今回は割愛します。
_______________________________________
最期になりましたが、椎間板ヘルニアは重症度や治療の反応度など、症例によって非常に様々なケースが存在します。
(また前述したように椎間板ヘルニアだと思っていると、他の脊椎疾患である可能性だってあります)
また近年の獣医学の発展によって内科治療・外科治療ともに治療の選択肢も広がっていますので、お困りの際にはかかりつけの動物病院に早めに相談してくださいね。